43歳無職の嘆き、、、ネガティブログ

40をとっくに超えた中年オヤジです。1年、2年、2年、2年、1年、7年、2年と7社も転々として、また、辞めてしまった。途中に空白期間も何度かあった。結婚もした、不倫した、中古で家買った、別居した、離婚した、鬱になった、ウツはしんどい、実家に戻った、また、不倫した、今度は逆バージョンだった、もう、ズタボロだ、アホな人生だ、、、、、、全部、自分の甘さから、、、、、もう、生きているのが恥ずかしい。そんな自分の恥を晒して不安や焦りをここで吐き出させて貰ってます。ありがとうございます。

楽して稼ぎたい特権階級

また週が明けて、

新たな一週間が始まった。

 

今日も朝から布団の中で

恐怖心に苛まれて

内臓が鉛のように重く

そこに鈍い痛みのようなものを感じながら

不安が増大していく。

 

それを振り払うために

布団を頭からかぶり

お大声で

わめきちらすが、

そんな自分に頭がおかしくなりそうだ

 

 

先週は

山の仲間、、といっても人生の大先輩、のお二人に

話を聞いてもらったし、

叔母にも気の重さを吐露した。

同級生とメールのやり取りも、、、、

 

 

僕は自分の心身が衰弱して

なにもやれなくなってしまっていることを

嘆いているが、

そんなもんはただの怠け者の戯言にしか聞こえないだろう、、、、

 

彼らの方が、

もっともっとしんどい環境に身を置き、

その中で負けないで

必死に家族や職責や地域やいろんなものの中で

その役割を担い、

それをきちんと果たしている。

 

泣き言もあるだろう

放り出したくなることもあるだろう

やらなくて済むなら、逃げたいだろう

 

 

そんな環境の中で、

みんな人生を送っているんだ

 

 

 

 

僕は、自分だけ特別扱いされたいんだ

 

ただ、働きたくないんだ

楽したいだけなんだ

 

43歳にもなって、

70近い親のすねをかじり

部屋に引きこもって

ありもしない逆転奇跡を

何もせずに待っているんだ。

 

 

ほんとのほんとにクズだ。

 

 

 

楽して、稼げる仕事を

探してるんだ。

 

 

今気がついた。。。。。。。

 

 

 

そんなもんないから、

一生探し続けて

足りない足りないと

嘆き続ける毎日。

 

だからしあわせにはなれないんだ。

 

 

仏教に四諦というのがあるけれど、

人生において

大切な心のあり方を

見つめ直さないと

前に進めないよな。。。。

 

 

 

先々のことを

憂い、悲しんでも

どうなるものでもない。

 

 

今、仕事があって働けて、

必要とされる場所があって、

土日に休んで

休みに心の底から

仲間と山で笑いあう。

 

 

 

そこに愛する人がいたら、最高だな。。。

 

若くて可愛くて凛としていて、

そんなパートナーがこちらをみていつも微笑んでくれていたら、

それが幸せというものだ。

 

 

 

不倫が地獄なのは、

相手も自分も嫌いで別れることができないことだ。

 

 

別れるしかなくて別れる。

 

 

心の中には、ずっと彼女がいる。

 

好きのままで、ずっといる。

 

 

 

 

 

そこの闇は、なかなか埋まらない。

 

 

 

 

 

本当は、それも、心落ち着かない理由だ。

 

 

 

 

 

 

仕事も、愛も、余暇も、愉しみも、

何もない毎日。

 

 

 

 

そして、引きこもる部屋があること、

逃げ込むネット社会があること、

温かい食事ができること。

 

そして、それに甘えてしまう自分がいること。

 

 

 

 

そして、

なんだかんだ言って講釈たれて、

結局穴の中で待っているだけのヘタレが

楽して稼げる奇跡の場所を

見つけようとしていること。

 

 

 

 

みんなそんなところあるなら集まっているよ。。。。。

 

 

 

 

 

 

僕の性格はどんどん縮んで腐っていく。

それを止められるのは、自分しかいない。

 

止められる自分はどこにいる??

 

今、この布団の中でPCをかちゃかちゃやっている自分には無理だ。

 

 

 

 

外に出て、

何かに取り組む

自分が必要だ。

 

 

 

 

修行?

娯楽?

勉強?

労働?

 

 

 

 

 

身も心も

変わらなきゃ。

 

 

 

こんな自分を受け入れてしまったら、

死ぬのよりも辛いことだ。

 

 

死んでしまえば楽なのに。

 

 

 

 

いまなら、

路頭に迷う家族もいない。

戦力を失って困る組織もない。

悲しんでくれるパートナーも、

責任を負うべきものも

なにもなにも無いから。。。。。

 

 

 

死ぬにはなんの障壁もない。

 

 

 

 

 

 

 

ただそれをする勇気すらないだけだ。

 

 

 

 

 

 

何かをするには決断力が必要だ。

 

その決断をするパワーを持ち合わせていないから、

何もかもが昨日と変わらない。

 

 

 

 

そんな自分と

前に進まない毎日にイラつき、悩み、焦る。

 

 

 

 

 

この40日ほどの間に、

何かに取り組み

継続できていたなら、

それが資本となり

少しでも稼ぎの種になりそうなもんだ。

 

 

 

 

 

僕の状況は少しも同情をもらう要素がない。

ただ単に、自分の弱さだ。

 

いろんな人の話を聞けば聞くほど、

自分の弱さが情けない。

 

とくに、元妻と飼っていた犬に対し、

自責の念が絶えない。

 

謝っても謝っても謝りきれないし、

かといって再び共に生きられるような気持ちもない。

 

 

 

 

何もかも、

この歳になるまで

背負えるものがなく

逃げて逃げて逃げ惑って、

結局この地に戻り、

親の世話になっている情けない自分。

 

 

それでも楽して稼ぎたい自分。

 

 

 

 

 

 

やりたいこと仕事にしている人、

目標を持って仕事してる人、

そんなの僅かだよ。って皆に言われる。

 

 

 

でも、僕が出会ってきた人のなかで、

やりたいことを、志を持って、きちんと仕事にしている人はたくさんいるんだ。

 

 

 

だからこそ、

じぶんのこだわりたい、諦めたくないと感じる。

 

でも、僕にはその勇気も行動力もない。

 

そのギャップに、自己嫌悪し、

縁もゆかりもない仕事に安定と収入を求めてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

その浅はかさが、

また自分を苦しめる。

 

 

 

 

 

人生は苦しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はこうして、苦しい働き方から抜け出した。

僕はこうして、苦しい働き方から抜け出した。