43歳無職の嘆き、、、ネガティブログ

40をとっくに超えた中年オヤジです。1年、2年、2年、2年、1年、7年、2年と7社も転々として、また、辞めてしまった。途中に空白期間も何度かあった。結婚もした、不倫した、中古で家買った、別居した、離婚した、鬱になった、ウツはしんどい、実家に戻った、また、不倫した、今度は逆バージョンだった、もう、ズタボロだ、アホな人生だ、、、、、、全部、自分の甘さから、、、、、もう、生きているのが恥ずかしい。そんな自分の恥を晒して不安や焦りをここで吐き出させて貰ってます。ありがとうございます。

11、適当に生きる。

このブログの読者の方には大変申し訳ないのですが、私はこのブログの存在を日々の大半の時間で忘れてしまっています。


そんなブログを久しぶりに覗いてみたら、読者として登録してくださっている方が226名ありました。

ホントにありがとうございます。そしてごめんなさい。


当時それほどまでにこのブログにすがりつき、思いを吐露して、皆様に助けていただいた私は今現在、浮き沈みは多少あるものの死のうと言う気持ちはなくごく一般的な健常な市民として生活できていることをここに報告させていただきます。


そして四年前に書き記したネガティヴ生活から脱却への11の項目について最後の記事を残しておこうと思います。


私は年が明けてこの2021年に49歳となります。このブログを書き始めたのが多分6年ほど前なので、一般的には男がバリバリと働き盛りで活躍しなくちゃいけない年代だったのかな?と思います。


でも私には到底無理でした。そして、運良く今の職場に自分のポジションを作ることができたのもラッキーだったなと思います。


給料は、安く不満も沢山ありますが、土日休みで殆ど残業も無く、身体は少々使いますが、対人的なストレスも軽い方の仕事で、総じて恵まれていると思います。


この記事のタイトルは【11、適当に生きる。】としていますが、決して中途半端でいいかげんに生きると言うことでは無くて、ほどほどに身の丈にあった生活で行こうと言う意味です。


ネガティヴな生活にどっぷりとハマってしまう時は、何処かで自分のサイズよりも大きな事をしなくちゃ!と焦っている場合が多いかな?と感じます。

そのズレの分、心が削がれていくような感じがします。知らない間に心は小さく疲弊していき、最後には火が消えてしまうように元気がなくなってしまうんです。


そうやって私は世間から転げ落ちるようにドロップアウトしてしまう生活でした。


だから、いい意味で自分をあきらめることにしました。頑張るのが苦手なので、生きていくために最低限自分ができる事を仕事にしておこうと考えて動くようにしています。


時には楽してていいのか?野望はなくていいのか?競走に勝たなくてもいいのか?って焦ることもあります。


でも、私には私のペースでしか生きていけないことも知っています。


だから世間一般の話は置いておいて、私は私のペースで適当に生きています。


アホみたいに走って、適当に仕事して、安いながらも生活には困らないだけの給料から少しだけ貯金して、残りでたまにランニングシューズを買って喜んで、、、、そんな生活が今のところ自分らしくいられる気がしています。


それは自分が持っていた常識やレールからは逸脱しています。自分が持っていたいわゆる常識を自分で白紙にして違うレールを敷き直すような作業です。


でもそれを受け入れることができた時に、私は楽になれました。


そうやって暫く適当に生きていこうと思ってます。


また、しっかり充電できたならば、人生にチャレンジを持ってくるかもしれません。それは、時間が私に色んな経験や考えをもたらしてくれるものだと捉えてます。


なんか取り止めのない文章となってしまいましたが、流れに乗って適当に生きているのが自分のスタイルなのかな?と思います!





10、できる範囲の仕事は何でもやる

一年と9カ月ぶりの更新です。

 

このブログを購読してくれる皆さん、

そしてココにたどり着いてくれた皆さん、

ありがとうございます。

 

私は何とか生きています。

あいかわらず、走ってます。

お給料はほんの少しだけ増えました。

 

落ち込みそうなことは沢山あるけど、

深みにはまらないようにやり過ごすことを覚えました。

 

今は新しい目標を趣味のランニングで見つけて、今週末から取り組むつもりです。

 

 

人生で最大に落ちまくって、

ただただ負の感情を曝け出すためにこのブログを始めたときは43歳でした。

 

いまは、48歳です。

 

落ちていた気持ちを立て直すために辿った足取りをまとめてきたけれど、途中で途絶えていたので、ここに書き留めたいと思います。

 

 

今回は

10、できる範囲の仕事は何でもやる

です。

 

依存体質からなんとか離れ、

健康な心と体をつくり、

気持ちを立て直し、

生活を立て直すことができました。

 

そして仕事にもつくことができて、

その仕事もここまでなんとか4年程続いてきた。

小さな役職もつき、わずかに給料も上がった。

 

私はこの仕事にありつけた時、

とりあえずできる仕事は何でもやろうと心掛けた。

 

今はその仕事にも慣れてしまって、そんな気持ちはどこかへ行ってしまったけれど、でも、真面目に取り組んできたからそれなりの評価をしてもらえたと思う。

 

どうせゼロになってしまった人生だから、

働けるだけラッキーだし、仕事がなかった時の辛さを思ったら、自分が果たすべき役割がこの世の中にあると言うことにとても幸せを感じることができた。

 

いま振り返ると、生きてきたこの経験は本当にすごくありきたりだけれども、全部コレからの人生の糧となると思う。

 

良いことも悪いことも含めて、全部が私自身だから。

 

そして、自分にできる役割をしっかり果たし続けることが、自分の信用になる。

 

信用って大事だ。

 

信用がお金になるんだと私は思う。

 

 

 

だから、何事も前向きにできる範囲でことに取り組むことが大事なんだろうなぁと思う。

 

 

 

、、、、と、

こんな事を書いても、

普通過ぎて

このブログを読んでいる人には

響かないかも知れない。

 

 

でも、少なくとも

この内容が今の私です。

 

ドロドロの負の感情はだいぶ薄れたと思います。

 

それがこの4〜5年の間に起こった私の中の変化だと思います。

 

 

今後も、ネガティブな感情をできるだけコントロールして、

でも、無理やりあげないでなるべくフラットに過ごしていきます。

9、先のことを考えすぎない。周りのためにお金を使う。

この土日。

 

台風が来ていて、雨も降り続き、

山にも行けないし、走る気もおこらない。

 

とりあえず部屋で筋力アップ。

 

 

 平日仕事をしてても、

考えてることは山のことか走ること。

 

そして、その先にあるのは、

いかに身体を癖のない状態に保てるかということ。

そのために必要な筋肉はどれか?

 

走るという趣味を持つだけで、これだけいろんなことに思いを及ぼすとは思っても見なかった。

 

必然的に、いらんことは考えなくなるし、ネガティブなことに気も向かなくなる。

 

仕事で嫌なこともあるし、イライラすることもたくさんある。

稼ぎも少なく、将来に対する不安も考え出したらきりがない。

 

でも、それに執着することなく、すぐに頭の中が切り替わるようになったのは大きい。

 

だから、気持ちもいつもほぼフラットでいられる。

 

めちゃくちゃ落ち込むこともないし、

めちゃくちゃ高揚することも無い。

 

毎月毎月、行きたい山行や、エントリーした大会があるから、

それに向かっていかに身体を準備するかを考えていると、

いらないことを全く考えないから楽だ。

 

こういうのが普通の精神状態なんだろうか?

とりあえず死のうなんて思わない。

 

たまに、仲間内でネガティブな話が出て、

そういう時に疑いもせずに、

「一回や二回くらい自殺しようと思ったことあるよねーーー」

とか言っても、

 

「え????」

って顔される。

 

私にとってはめちゃくちゃ意外だけど、

普通はみなさんそんなもんなのだろうか?と気づかされる。

 

 

どっちにしても、

将来の計画を立てて歩を進めるのは良いが、

先のことを色々考えて、縮こまって閉鎖的になるのはダメだなと気づかされる。

 

 

 

そして、少し余裕があれば、自分自身のためよりも周りの誰かが喜ぶお金の使い方をしたい。

 

食事でもいい、プレゼントでもいい、イベントでもいい、ウケ狙いでもいい。

周りに笑顔が溢れる環境を自分の少しのお金で作れたら、それは自分にとっても、とてもためになる。

 

明日会う人に、飴ちゃん一つあげるだけでも、笑顔が生まれる。

 

ちょっと無理なお願いする時に、缶コーヒー一つ渡すだけでも、和むかもしれない。

 

 

そしたら自分も心が楽になる。

 

 

あまり先のこと考えずに、すぐ先のことをどうやって楽しくできるか?

今の私には、それくらいの暮らしが一番合っていると思っている。

 

 

『飴ちゃんは世界を救う。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これまでの記事と全く関係ないけれど、、、、

まだ、雨降っている

 

 

凄い雨で、こんな長雨見たことない。

各地で大災害、こんなに多発的に災害になるのも、見たことない。

それも毎年毎年、何十年、何百年に一度って、、、、去年も同じとこであったじゃん!て、、、

 

そんなの何十年に一度って言っちゃいけない。

 

みんなクーラー禁止だ。

CO2がどうのって難しく言うなよ、、、、

熱を出さなきゃ良いだけじゃん。

 

火を炊くな。

熱を出すな。

 

大渋滞で車を走らせりゃ、エンジンで大量に燃料が燃えてるんだ。

ボンネットの上で、数時間寝ててみようよ。

 

クーラーガンガンかけりゃ、室外機から暑い風がガンガン出てくるんだ。室外機の前で、数時間本読んでいようよ。

 

 

そんな事、ずっとしてりゃ、みんな死んじゃう、地球も壊れる。

 

僕も偉そうなこと言えないけど、みんな僕と同じように、わかってるはずだ。

 

 

 

ウチにはクーラーが無い、ちょっとしたところなら走っていく。

温暖化対策の為の細やかな抵抗だ。

 

お願いだから、あの室外機から出る熱風で、うちの部屋の温度をもうこれ以上、上げないで!

 

僕と同じ気持ちで、草木や虫、動物、魚達も泣いてるに違いないよ。

8、全力で遊ぶ

登山を始めてかれこれ15年近くになる。

そして、その体力作りの為に走り始めて、4年くらい。

最近は、山の中を駆け回るトレイルランニングにも熱心だ。

 

でも、ランを始めて少し立った頃、精神的に崩れ、堕ちて行き、引きこもった。

山はもちろん、近所を走ることもできなくなった。

 

自分で決めて外に出ればなんでもできるのに、

家で寝ているばかりの生活。

 

だれも止めてないのに、自分で全てを停止させてしまっていた。

 

 

今、休みになればどこかしらに走りに行ったり、山に登ったり、大会に出たり。

大会で納得いく走りができるように、普段から練習を積んだり、

自分でもびっくりするほど充実している。

 

仕事は二の次だが、打ち込めるものができたことが非常に嬉しい。

 

少しの金があり、打ち込めるものがあり、それに費やす時間と体力があり、

何よりも一緒に楽しめる仲間がいる。

 

一時の自分から考えたら、夢のような日々だ。

 

そしてそれを謳歌できるように、

大げさに言えば

”死ぬ気で遊んでいる”

 

自分の体力に挑んで、動けなくなる手前まで追い込んでいく先にあるゴールを

仲間と共有する幸せ。

 

 

引きこもっていた自分には、そんなものになんの価値も感じなかったし、

そんなことをしようとも思わなかった。

 

でも今は、動き回れること、汗を掻くこと、心臓がバクバクいうこと、笑ってられること。

そんなことが、とてもかけがえなく、そして嬉しい。

 

 

外に出て、太陽を浴びながら、死ぬ気で全力で遊ぶ。

自分に自信が少し持てるようになったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

7、調子にのる。調子にのりすぎない。

昨年の8月か、、、、

半年以上も放置してるブログに、毎月ちょこちょこと未だにコメントを残してくれる人がいる。


みんなすごく物事を考えてコメントを寄せてくださっている。


自分はその後、走ることにはまっている。


ロードを走り、山を走り、昨年末にはフルマラソンも経験した。


ハーフはあと少しで90分ギリ。

フルは、サブ3.5までもうひと頑張り。


そういう意味では、心身ともに明るく健康的だ。


病的に思い悩んでいた頃は、 何事にも消極的で、前向きになれず。新しい事に挑戦することはおろか、外に出ることさえはばかられた。


それが今は、少しずつ、でも、コンスタントに走り続け、走る仲間にも環境にも恵まれ、ランを中心に積極的に日々を送れるようになった。


そのせいか少ない給料ながらも、職場でリーダー格を任され、なんとかこなしている。



思い悩んでいると、自分を常に過小評価してしまい何事にも手を出せず、それをまた思い悩み、閉じこもってしまうという負のスパイラルに悩まされる。


人は何かのきっかけで、すこしだけ勘違いにも似た自信を身につけて、調子に乗って生きて行くことも必要なんじゃないかと思う。


調子に乗りすぎた時には、酷いしっぺ返しが来るが、それを恐れて何事もできないのでは、どこにも行けない何も前に進まない。


きっかけは人それぞれだけれど、調子に乗って毎日を楽しく過ごす。その為に体を動かすことは、とても手っ取り早いと感じた。


走る事、山に行く事、太陽を浴びる事。仲間に囲まれ笑顔がある事。


そんな事で自分は少し自信を取り戻し、調子に乗って前に進めたのではないかと思う。

6、無の心、自走

月並みだけど、

"無"は大切。


でも、"無"は難しい


何かに取り組む時に、

最初はそのことだけを考える。


他のことを考える余裕もなく、

なんの邪推もなくただそれに打ち込める。


その時に、悩みや迷いはない。


少し慣れると、

早くやりたい、

効率良くやりたい、

他人より大変、

あいつは楽してる、、、、


いろんな考えが頭をよぎって、

イライラしたり、落ち込んだり、天狗になったり、、、、、


そして、ミスをする。



ただ、何も考えず、

そこにあることに集中して自分の精一杯を注ぐ。


その結果、周りの評価や成果が見えてくる。それはただの副産物だ。


自分のやるべきことを自分の精一杯で取り組む。他と比較したり、自分を大きく見せたり、そんなものは全くの無駄。


他に頼らず、自らが自らの力でやるべきことをやる。


無の心で自走する。



比較もいらない、

依存もいけない。



ただ、集中して、やるべきことをやれば、悩みや妬みや無駄な感情は起こらない。



心穏やかに過ごす極意だと思った。