このブログの読者の方には大変申し訳ないのですが、私はこのブログの存在を日々の大半の時間で忘れてしまっています。
そんなブログを久しぶりに覗いてみたら、読者として登録してくださっている方が226名ありました。
ホントにありがとうございます。そしてごめんなさい。
当時それほどまでにこのブログにすがりつき、思いを吐露して、皆様に助けていただいた私は今現在、浮き沈みは多少あるものの死のうと言う気持ちはなくごく一般的な健常な市民として生活できていることをここに報告させていただきます。
そして四年前に書き記したネガティヴ生活から脱却への11の項目について最後の記事を残しておこうと思います。
私は年が明けてこの2021年に49歳となります。このブログを書き始めたのが多分6年ほど前なので、一般的には男がバリバリと働き盛りで活躍しなくちゃいけない年代だったのかな?と思います。
でも私には到底無理でした。そして、運良く今の職場に自分のポジションを作ることができたのもラッキーだったなと思います。
給料は、安く不満も沢山ありますが、土日休みで殆ど残業も無く、身体は少々使いますが、対人的なストレスも軽い方の仕事で、総じて恵まれていると思います。
この記事のタイトルは【11、適当に生きる。】としていますが、決して中途半端でいいかげんに生きると言うことでは無くて、ほどほどに身の丈にあった生活で行こうと言う意味です。
ネガティヴな生活にどっぷりとハマってしまう時は、何処かで自分のサイズよりも大きな事をしなくちゃ!と焦っている場合が多いかな?と感じます。
そのズレの分、心が削がれていくような感じがします。知らない間に心は小さく疲弊していき、最後には火が消えてしまうように元気がなくなってしまうんです。
そうやって私は世間から転げ落ちるようにドロップアウトしてしまう生活でした。
だから、いい意味で自分をあきらめることにしました。頑張るのが苦手なので、生きていくために最低限自分ができる事を仕事にしておこうと考えて動くようにしています。
時には楽してていいのか?野望はなくていいのか?競走に勝たなくてもいいのか?って焦ることもあります。
でも、私には私のペースでしか生きていけないことも知っています。
だから世間一般の話は置いておいて、私は私のペースで適当に生きています。
アホみたいに走って、適当に仕事して、安いながらも生活には困らないだけの給料から少しだけ貯金して、残りでたまにランニングシューズを買って喜んで、、、、そんな生活が今のところ自分らしくいられる気がしています。
それは自分が持っていた常識やレールからは逸脱しています。自分が持っていたいわゆる常識を自分で白紙にして違うレールを敷き直すような作業です。
でもそれを受け入れることができた時に、私は楽になれました。
そうやって暫く適当に生きていこうと思ってます。
また、しっかり充電できたならば、人生にチャレンジを持ってくるかもしれません。それは、時間が私に色んな経験や考えをもたらしてくれるものだと捉えてます。
なんか取り止めのない文章となってしまいましたが、流れに乗って適当に生きているのが自分のスタイルなのかな?と思います!